奥武蔵の風

2 西武池袋線の秘境駅:武蔵横手

 武蔵横手駅は、一日の平均乗降客数が 223人と、西武池袋線では最も少ない駅です(2020年度。西武鉄道の資料による)。こう紹介すると、何となく悲哀感が漂ってしまうのですが、心配は無用です。見方を変えて逆に言えば、武蔵横手は、西武池袋線の中で、乗降客数の少なさにおいて、堂々 第一位にランクされる駅なのです。

 駅のたたずまいは、プラットホームが一面で、屋根が架かっているのは、秩父方向寄りの4分の一ほどです。線路の両側には鉄道用地が空き地のまま広がり、見通しのいい草っぱらの風景が開けています。かつて南側の草っぱらには、「草刈り係」として正式に駅員に採用されたヤギの一家がのどかに草を食(は)んでいて、ときに西武鉄道のイベントに広報担当として出張などもしていたのですが、残念ながらいつしか4匹とも天国へ行ってしまい、今は空き家になった「やぎの家」だけが変わらずに残っています。ホームを降り、平べったい三角屋根の小さな駅舎の改札を抜けると、線路と並行して国道299号線が走っており、車の通行量は多いものの、周囲を見渡しても人家はせいぜい10軒足らず。コンビニを含めて商店は皆無です。

 ですから、とりわけ東京方面から来て初めて当駅に降り立った人は、電車が走り去ってしまうと、自分が別世界に放り出されてしまったような孤独感に襲われるに違いありません。そう、武蔵横手は、西武池袋線のまぎれもない「秘境駅」なのです。

 乗降客数の内訳については推測するしかありませんが、当駅を利用する人は、土地柄、地元の住民よりハイカーの方が多いのではないかと思われます。北へ30分ほど関ノ入(せきのいり)林道を歩けば、歴史を秘めた「五常の滝」(民有林の中にあるため入山料が必要)があり、その先は物見山、鎌北湖などへ通じます。駅のすぐ西には美しい山容の愛宕山(あたごやま)がそびえ、東橋(あずまばし)を渡って南の林道を分け入れば、飯能アルプスの釜戸山あるいは久須美山(くすみやま)へ通じます。山はちょっときついという人には、東へ10分ほど歩いたところに高麗川(こまがわ)の名勝「横手渓谷」があり、運がよければカワセミやシラサギ、アオサギ、カワウなどに出あえます。

 一般に、乗降客数の多さを誇る駅は、格式が高いイメージではありますが、えてして実態としては、ただ通勤・通学客が集まり、せわしく行き交うだけの喧騒(けんそう)と雑踏(ざっとう)の場であるケースが多いのではないでしょうか。

 奥武蔵を愛するハイカーだけが知る秘境駅には、いつ来ても心身を癒(いや)してくれる一日があります。池袋から片道 540円。 西武池袋線の秘境駅、武蔵横手の紹介でした。

 

(写真上)©夕暮れ、照明の灯った武蔵横手駅に入線する西武秩父行き普通電車。進行正面の山は愛宕山。

  

(写真上)©武蔵横手駅ですれ違う普通電車の飯能行き(左)と西武秩父行き(右)

(写真上)©武蔵横手駅を通過中の特急ラビュー西武秩父行き(早春)

(写真上)©武蔵横手駅を通過中の特急ラビュー池袋行き(夏)

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