カラダよろこぶろぐ

山の記録と日々の話

3年ぶりの帰省

2022-08-15 | イワテケン

今年のお盆休みは3年ぶりにダンナ様の実家、岩手へ行くことが出来ました。


(イボンヌラッピング列車・三陸鉄道)




台風が本州から離れたからか、14日の午前中には晴れて久しぶりの青空が広がりました。





三陸鉄道にもそれなりに乗客がいて嬉しいな~



(ピンクの花は夏水仙)
出発前から雨ばかり降っていた東北、山形秋田岩手
盛岡あたりはなかなかの雨量で、北上川(雫石川)は濁った水がざぶざぶ流れていました。

ダンナ様の実家も今年は雨ばかりだそう、8/13は警報が出て、怖いほどの雷&凄い雨でした。
実家は山の中、相変わらずdocomo携帯の電波はギリギリ2本(北アルプスより状況悪い)なので、
ネットで現在情報仕入れるのも大変です・笑
まあ、目的は義父母のお墓参りなので、気温25度の涼しい山の中で何もしない日も良いけど、
ここで土砂崩れに合ったら数日間誰にも気づかれないな、という心配もないとは言えない( ;∀;)

3年も行かないでいたら、やはりあちこち変わっていました。

台地が(雨で?)削れて痩せたり、水含み過ぎ?でふかふかだったり、畑にイノシシが来るようになったとか、
木々が生い茂り過ぎて普通の道なのに暗くて、そこに熊が座ってても不思議じゃないよねとか、
宮古駅前の唯一のショッピングセンターが12月に閉館したとか、マイナスな部分ももちろんありますが、
プラスな部分もありました。



このヤギのキャラクターをあちこちで見ると思ったら、どうやら2019年に宮古にできたスイーツ屋さんのもので、
グッズまで販売していて、北三陸エリアではかなり推している風
(クリームパンは確かに美味しかったです)
寂れていく宮古駅周辺(ゴメン)にこの店だけ違う空気と思ったら・・・知らなくてすみません(;'∀')



ほかにも、地元の駅が道の駅になってすこ~しだけ賑わいを見せていたり、
久慈駅前に”YOMUNOSU”という図書館&交流センターの立派なビルが出来ていたり。
いまだに”あまちゃん”?と言われそうですが、有名になったものを使うのは良いんじゃないですかね。
そのころからぐっと、この北三陸あたりのエリアのやる気が感じられるようになったと思うので。
おしゃれなカフェも出来たり、地元の若い人には嬉しいのではないでしょうか。

この3年間でいろんなことが変わったけど、
ダンナ様の実家エリアは世代交代してきているみたいで良かったな、と、30年ほど通ってきた部外者の感想でした('ω')ノ








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10年経ちました

2021-03-11 | イワテケン


今日は2021.3.11 あれから10年


(2013年5月 被災地に咲くスミレ)

あの日、石巻で単身被災した甥っ子は
こちらに戻り、結婚して穏かな日々をおくっている
岩手の義母は復興が進んだ村の様子を空から見てるかな
人それぞれの 10年という月日



2011年8月
流出した線路 トンネルの入り口だけしか見えなかった三陸鉄道



直後から復旧作業は続き、当初は線路が途切れていて田野畑までしか走れなかったけど
2019年には南北全線開通となり、私は心から嬉しかった
あまちゃんの効果もあり、団体客、観光客も訪れ
常に赤字路線だった三鉄も少しずつ明るい光が、と思っていた

2020年から現在もまだ続くcovid-19という試練
あの津波の一瞬で2万人を超える人が亡くなった悲しみと
メルトダウンの恐怖を思えばそれほどこわくはない
あの頃も福島の風評被害がひどかったけど
日本ではcovid-19そのものよりも人災によるところが大きくて
多くの人が悲しい目に遭っているのがとても辛い

努力を積み重ねた大地が無責任な人や自然に何度壊されても
くじけずにまたスミレが咲く大地に戻していきたい
こころを正しく持ち、やさしさの種を蒔き続けていきたい





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わすれない

2016-03-11 | イワテケン

3.11 あれから5年




津波で倒壊してしまった久慈市の”もぐらんぴあ”

平成23年8月5日「まちなか水族館」として生き残った生き物や
もぐらんぴあ再建を支援しているさかなクンのお魚をお借りして
駅前のビルの一角で細々と営業してましたが(無料でした)







震災から5年目の今年、ようやく再建&OPENすることになったそうです
5年経ってもなかなか前に進まない復興にやりきれない思いの中、嬉しいニュースです






自力再建には資金が足りなかったのですが
今はこのような形で支援が出来るサイトもあり、プロジェクトが成功しました
私ももちろん参加させていただきました





毎日生きてるといろんなことがあって、辛かったり嫌になったり
何もかも投げ出して逃げたくなったり、愚痴ってしまうことも多いけど

3.11 あの日の事を思うと
今の自分の悩みなんてまったく取るに足らない事だと感じるのです








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今日の良き日に

2015-10-25 | イワテケン

10/24(土)は7人中6番目の甥っ子、ひろくんの結婚式
やわらかな秋の陽が沈む頃、皇居近くのHOTELで行われました


ひろくんは子供の頃は背が低くて、中学生になっても小さいままで、
「このままだとお笑いの世界に行くしかない!」
と言われるくらい小さかったのだけど、
高校生になってからは人並みに伸びてみんな一安心したっけね(笑)


卒業後、就職した損保会社で訪れたこともなかった”宮城県・石巻市”に単身赴任となり
ひとりで移動中に東日本大震災に遭遇した


東京にいる私たち家族とは4日間連絡が取れず、
やはりダメだったのか・・・と万が一を考え始めた時に入った生存の知らせ
丸二日間飲まず食わずで、知り合いもいない町の避難所で、
ようやく同じ会社の人と会えた時の安堵感ったらなかったでしょう




今日の披露宴ではその時一緒に働いた石巻支店の同僚たちから
「あの日一緒に過ごしたことは一生忘れない」という絆メッセージが届いていた


多くの方が犠牲になられたので申し訳ないようだけれど
あの日、生き延びて、この日を迎えることが出来たことがなにより嬉しくありがたい


ひろくん、よかったね
結婚おめでとう!








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ふるさと納税で復興支援

2014-06-25 | イワテケン

  
震災以降、継続して東北への支援を行っていましたが、
今回はパターンを変えて「ふるさと納税で特産品」を体験してみました。


選んだのはやはり以前から支援している「宮城県気仙沼市」
こちらの地域は市長さん始め、皆さんすごく前向きで活気があるなぁ、と個人的には感じています。
(我がダンナ様の出身村とは悲しいかな、ずいぶん取り組み姿勢が違うんですよ(´ω`。)) 

冬に寄付していた分の物産品が届きました。




1万円以上の寄附で、5千円相当の物産品を頂けるんですよ!
なんだか申し訳ないような感じですが、ちゃんと理由があるのでありがたく頂きます。
やっぱりモノがもらえると、主婦としてはとても嬉しいのです。(単なる食いしん坊?)
しかもこの「ふかひれ」日本で一番有名且つ高級品の気仙沼産、贅沢です。




もれなくついてくる気仙沼のゆるキャラ「ホヤぼーや」グッズ。
今回はボールペンセットでした。
ほやは今からがちょうど旬ですね。若い頃は食べれなかったのに今は大好物になりました(笑)


東北、これからも応援しまーす



総務省 ふるさと納税について

ふるさとチョイス








三陸やまだの牡蠣

2014-04-21 | イワテケン


牡蠣と言えば広島や松島が有名ですが、
こちら岩手県山田湾の牡蠣は知る人ぞ知る?美味しい牡蠣の産地。
私は牡蠣が大好物、特に山田湾の甘くて澄んだ味の牡蠣が大好きだった。


大震災で大きなダメージを受けた三陸、途方に暮れるような被害だった山田湾を、
同じ岩手県に関わるものとして何かできることはないかと探していたところ、
この三陸やまだ漁港の「復興牡蠣オーナー制度」を見つけ、さっそくオーナーになった三年前。


今年、漁港の皆さんの努力の甲斐あってようやく牡蠣がとれるまで復興にこぎつけた。
我が家にも懐かしい味が届いた。

スチロールを開けてみると・・・



ごっそり♪


実は殻つきの牡蠣は以前何度か自分で開ける努力はしたものの、上手くできないからなぁ、と思っていたけど、
今回はちゃんとナイフもついて取り方の図解してあったのでおそるおそるやってみたら・・・できた(・∀・)
でも台所が殻だらけのごったごたになって、この後写真を撮る余裕もなく食べてしまった(笑)
うんめがった!




この「一ノ蔵」(宮城県大崎市)は今年の3.11に合わせて購入した一本。
牡蠣が届くのを待って一緒に頂きました。

飛騨や新潟の日本酒が好きだったのだけど、このところお取り寄せはずっと東北と決めている。
普段飲む日本酒も出来るだけ東北と決めている。
小さな支援はこれからも続くよ。




祝・三陸鉄道全線開通

2014-04-06 | イワテケン

2014.4.6 震災でとぎれとぎれになっていた三陸鉄道が3年ぶりに全線で繋がった。


ほっんと嬉しいなぁ。





「三鉄が走らないと病院に行くのに不便でなぁ」

震災後にそう言ってたお義母さんは、全線開通に間に合わず天国行っちゃったけどね。




これからもみんなの思いを繋いで元気に走り続けてください。




忘れないよ

2014-03-11 | イワテケン

3.11

あれから3年。この3年間いろんなことがありました。



岩手県・野田村
津波で全てなくなってしまった海岸線にはまだなにも再建されていない。
復興の実感が得られないのは、はたで見ているだけのものにも解る。
離れて暮らす私でもあの時の映像を見ると辛くて胸が締め付けられるのだから、
あの日からずっと同じ地域に住んでいる人の中には、身を引き裂かれる様な悲しみに今も耐えて、
先へ進めない人もいるだろう。

目に見えた変化は、途中で切れてなくなっていた三陸鉄道のレールが繋がったこと。
まっすぐに伸びるレールが力強く感じられた。
もっともっと力強く、先を照らす何かが必要と思うけど、じゃあ自分には何ができる?
今の自分にできる支援をしたつもりだったけど、たいしたことはやっぱり何も出来なくて、
震災をきっかけに出会った  たち から逆に今も強さと元気をもらい続けている。





震災のあった日から1週間は岩手の家族の安否が解らず、仕事をしていても毎日上の空だった。

その後生きてて良かったと喜んだのもつかの間、夏、お義母さんが吐血し癌がみつかった。
もう少し早ければ・・・手遅れといわれた。
震災であれこれ大変だったから、痛くても病院に行かず我慢していたのだろう、
早く気づいてあげれなかったのが残念でならない。
2年近く病と闘い、去年のお盆に永遠のさようならをした。
「おかえりなさい」と言ってくれたお義母さんの声が今も耳の中で響く。




震災当時、岩手の家にはワンコが5匹いたが、その年の秋、母犬のるみ子が亡くなった。
そして今年、関東が大雪だった2月7日、息子のタロウが亡くなった。

本当におりこうさんの可愛い子で帰省中の私の一番の友達だった。
「タロちゃーん」と呼ぶとどこからでもすぐに私の元に駆けて来てくれた。
今年1月には相当弱り、よろよろ歩きになってしまってもなお、私の後をついて歩いてくれた。
あれが一緒に歩いた、最後のお散歩になってしまったね。




でも寂しがってばかりもいられない。
春になれば木々は芽吹き、季節はいつもと同じようにまた巡ってくる。
日が沈み、眩しい朝がきて、暗い夜がきて、まいにちがあっという間に過ぎていく。




いきいきと輝いていた命があったことを忘れずに、自分がもらったたくさんのありがとうを忘れずに。
時々は立ち止まって、明日もまた生きていきます。






2014年・はじまり。

2014-01-05 | イワテケン

2014年となりました。
喪中のため年始のご挨拶は失礼させていただきます。本年もどうぞよろしくお願い致します。



年末年始は31日~2日の間、ダンナの実家にお墓参りに行ってきました。
頭では解っていてもお義母さんのいない台所はとても広く感じ、
もう「おかえりなさい」と言ってくれるあの笑顔はないんだな、としみじみ寂しく思いました。



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さて、年末年始の北三陸。



紅白歌合戦をご覧になった方は見覚えのある画像だと思いますが、
ここはあまちゃんコーナーのプロローグで地元からの中継に使われた久慈駅(北三陸駅)前。
私も本当に大晦日の夜ここに来ているのかと錯覚しましたが、吉田副駅長と地元の方とのやりとり場面は、
12/28(土)に収録されたものだったそうです。
昼間駅のセットを作り、日が暮れてからささっと収録してあっという間に終わったとか。
だから本当にあの近くにいた人しか知らなかったらしいです、確かに知られてしまっては面白さも半減ですもんね、
徹底してますね。



久慈駅舎内には11月にめでたく名誉駅長・副駅長となられたお二人の写真が飾られていました。嬉しいことです。





(写真:2013.12.31)
残念なのはドラマの中で観光協会として使われていたこの「駅前デパート」の取り壊しが決まってしまったこと。
せっかく過去に例のないくらいの名所が出来たのに残念、なんとか外観だけでも残せばいいのに・・・と思っていました。

今回の帰省で多分見納めになると思うので、中に入ってみることにしました。
尚、取り壊しが決まったとはいえ、まだ1階は使われているので出入りは可能でした。


 
取り壊しの理由が駅前再開発・ビルの老朽化とのこと。中に入ってみると確かにひどく老朽化・・・
1965年に建設されたのですから仕方ないといえば仕方ないですね。



観光協会長・菅原さんになった気分で4階の窓からの景色を眺めてみました。このアングルも見納めです。



紅白歌合戦でのあまちゃんコーナーは歌を歌って・・・程度にしか想像していなくて、
まさか”あまちゃん157話「おら、紅白でるど!」”がみれるなんて夢にも思わなかった私。
あんな続きがあるなんて、なんて素敵な物語なのでしょう、ただただ嬉しくて楽しくて感動の涙が流れました。
お義母さんの最期の闘病時期と重なっていたため、特別な思い出も加わった「あまちゃん」でしたが、
自分の中でも辛く悲しかった2013年が完結したような気持ちになりました。

この翌日ブログにあがった「橋本愛」さんの言葉が本当に素敵で心に染みました。



だからもう、駅前デパートが取り壊されるのも前に向かう為には必要なんだ、と納得してサヨナラしました。
2014年・4月にはようやく線路が繋がり、三陸鉄道全線開通となる予定です。
今年の3月11日で震災から丸3年、地元の方々が前を向いて進んで行けるよう着実に復興が進みますように。