近くのバス停に行くと、年配女性の先客がいました。時刻表を確かめて、
「もうすぐ来るんですね」
挨拶代わりに話しかけると、椅子に座っていたそのひとは、
にこやかに頷くと、
「ここにおかけになったら」と。
まだ少し肌寒さも残る頃で、ダウンコートを羽織っているひとも多い中、彼女は、
黒いウールのチュニック姿。首には同じ素材のマフラーと、すがすがしい。
「寒くはないですか?」
「ううん、この下にも毛糸を重ねて着ているから、ちっとも寒くないんですよ」
「それにね、パンツの下には、6枚も重ねて穿いているの」
ツイードのパンツの裾から、スウェードの杏色の靴がのぞいていました。
(まあ、素敵、城夏子さんみたいね!)
ほんの少しの時間なのに、はじめて会った人なのに、話の糸口はほどけました。
数年前に郊外のM市からこちらのマンションに引っ越して、今は一人暮らしをしていること。
食事も全部自分で作って、出来上がると、ご主人の仏前に並べて、話しかけてから食べていること。
(まあ、「8月の鯨」のサラみたい。)
「だから、ほら!」
誇らしげに示した親指の先には、バンドエイドが貼ってありました。
「今日はお友達と会うから、船堀まで行くの。離れて住む息子が言うんです。
『お母さん、誰が見ているかわからないから、いつもきれいにしていてね』って。
だから、私、出掛ける時には、できるだけおしゃれするようにしているの」
まだ真っ白にはなりきらない髪のカールが、お顔に柔かな華やぎを与えています。ほめると、
「朝、速乾性のローションで自分で巻いたの」
「私、いくつに見えます?」
「うーん、80歳にはなっていないでしょう?」
79歳ということでした。
それにしても私の機転のきかなさといったら。。。。もっと若い年齢を言ってあげれば。。。と悔やまれます。
お友達がいるという小諸のこと、ご主人と梨を買いに行った白岡のこと。
共通の地名も出てきて、ずっとバスの中も一緒に座って、話が弾んだまま船堀に着きました。
「またお会いするかもしれませんね」「お会いしたいわ」
そう言ってバスを降りたのでした。
一人暮らしを意志を持って楽しげに過ごされているご様子、いいなあ。
我が守備範囲にお住まいなのだし、またきっと会えるはず。杏色の靴のひとに。