週末はアルビレックス!

サッカーど素人ながらアルビレックス新潟にはまりこんだ「八百政」家のアルビレックスな週末。(コメント表示は承認制です)

なお気になる直樹

2006年01月31日 | アルビレックス新潟
ここ数日、高橋直樹選手の動向がとても気になります。トライアウトを受けてどこかのチームで活躍してくれるんだろうとばっかり思っていたのですが、どのチームにも入団したというニュースはありません。

さらに正式な発表はどこにもないのですが、ここここなんかに
「現役引退」とか
「アルビレックス普及部のコーチに就任」とか書かれているので、
「え~?マジですか?」ってのが素直な感想なのであります。

昨シーズンの直樹選手はレギュラーに定着し、本当にすばらし活躍ぶりでした。丸山選手、海本あんにゃ、喜多選手と次々に怪我人の出たDF陣を、萩村選手や菊池選手と共にしっかりと支えてくれたJ1残留の陰の功労者だと思います。12節の鹿島戦から30節の柏戦まで19試合連続の先発出場。堅実な仕事ぶりがいぶし銀のように光りました。

特に忘れられないゲームは、第21節のホームでジェフ千葉を迎えた一戦です。代表チームで活躍する阿部と巻を要するジェフ千葉、名将オシムの率いるジェフ千葉、ムービングフットボールの先輩格ジェフ千葉、魅力のあるサッカーをするのにスタジアムが埋まらない、あのジェフ千葉であります。この試合、直樹選手はジーコジャパンの秘蔵っ子の巻を徹底マンマーク。ほとんど仕事をさせませんでした。体格的には絶対不利な空中戦も、身体を張って巻に圧勝。「ボールを見ないで巻を見ていた(ホントかよ?)」と言うほどの徹底マークぶりでした。巻はその日、あまりのショックのため試合後控室で泣いていたらしい(ウソです)。

ゲームはロスタイムにアルビが先制したものの残念ながら終了間際に追いつかれて1-1のドローとなりました(くそっ林め!)が、これは「さすがオシム」「さすが名門ジェフ」「簡単には勝たせてくれないな」って感じで、僕などは「ジェフとここまで対等に戦える」っていうことに感動していました。(もちろん勝ちたかったけどね。あと一息だったし。)反町監督は「選手はそれぞれ気迫のこもったプレーをした」とコメントし直樹選手らを評価したゲームだったと思います。

直樹選手は給料ゼロの練習生からスタートした選手です。アルビレックスに7年在籍し、そして本当に選手生活をここで終えるとしたら、まさに「アルビレックス新潟一筋」の選手生活だったわけです。「雑草魂」この言葉がピッタリですね。まだまだ若いし、個人的にはもっともっと選手として活躍してほしいけど、コーチの道を選択するというのも1つの方法かもしれませんね。終盤に負った目のケガの様子なんかも僕はよく分からないけど、もしかしたら影響しているのかもしれません。

さてさて、直樹選手の身の振り方、正式にはいつどこで発表されるのでしょう?
とても気になるところです。いずれにしても、直樹選手が新しい環境の中で活躍することをファンとして祈っています。ありがとう!背番号14番!
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グァムへ出発!

2006年01月29日 | アルビレックス新潟
アルビレックス新潟が第1次キャンプ地であるグァムに出発しました。プロ野球と比較するのは不適切かも知れないけれど、12月に最終戦が終わってオフはほんの1か月。天皇杯の決勝まで行ったチームはオフは1か月もないっていうのは、僕らファンにとっては楽しみなことだけど、選手にとっては厳しいのだろうなぁ…と思っています。

コンチネンタル航空の飛行機で新潟空港からグァムへは直行便ということで、200人ほどのサポの皆さんが見送りに出かけたようです。スーツ姿に身を包んだ選手の姿をテレビで見ましたが、なかなか格好良かったです。今年は選手の遠征の際の移動はスーツにネクタイ着用になったらしいです。ここに書いてありました。選手はみんな格好いいですからこの姿を見るのも楽しみの一つになります。私服姿を見て個々のファッションセンスに感心するのもいいですけどね。(特に喜多選手!)

今日の写真は「とことんアルビ」のテレビ映像をデジカメで撮ったものです。ネクタイをしめた凛々しい梅山選手の姿、なかなかいいですね。(あんまりマスコミに登場しないので梅山選手を大サービス!)左側で鋭い視線を梅やんに送っているのは、仙台から期限付き移籍してきた中原選手です。今年のアルビレックスの中ではひときわ目立つイケメン選手。奥様・お嬢様サポのハートをわしづかみしそうですね。彼の公式HPを紹介しておきます。なんと中学校時代の担任の先生が応援HPを作っているなんて、これまたスバラシイじゃありませんか。

話があちこちに飛びますが、グァムキャンプの観戦ツアーが計画されているようです。さすがにブラジルには行けないけど、グァムなら「行ってみるか」っていうサポーターもいるかもしれませんね。(わが家は行きたい気持ちはありますが、お金がありません。)キャンプの様子は新潟日報などでしっかりチェックしたいと思います。(誰か、キャンプ情報をブログでアップしてくださーい!

とにかく、グァムキャンプが鈴木アルビの結束を固めるすばらしい成果を上げるように期待しています。グァムは遊ぶところも結構あるから、若い選手たちが遊びに目が向かないように、スタッフの皆さんよろしくお願いします。(保護者みたい
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日程発表!

2006年01月28日 | アルビレックス新潟
Jリーグの公式戦日程発表がありました。手帳にもすべて書き込みました。開幕戦は等々力で川崎フロンターレ戦。よっしゃぁ~日帰り応援圏内だ!
あとは、いかに仕事の日程を調整していくかです。まぁ、ホーム皆勤は難しいと思うけど、それにできるだけ近づけたいですね。
いろんなところでもアップされていると思うけど、自分自身の整理の意味もあるのでここにも記録しておきます。とりあえず7月までね。

3/5(日) 川崎フロンターレ
3/11(土) FC東京
3/18(土) 大宮アルディージャ
3/21(祝) ジュビロ磐田
3/25(土) セレッソ大阪
3/29(水) ナビスコ 清水エスパルズ
4/2(日) サンフレッチェ広島
4/8(土) ヴァンフォーレ甲府
4/12(水) ナビスコ ジェフ千葉
4/15(土) 名古屋グランパスエイト
4/23(日) アビスパ福岡
4/26(水) ナビスコ 清水エスパルズ
4/30(日) ガンバ大阪
5/3(祝) 京都パープルサンガ
5/6(土) 清水エスパルズ
5/14(日) ナビスコ サンフレッチェ広島
5/18(水) ナビスコ ジェフ千葉
5/21(日) ナビスコ サンフレッチェ広島
7/19(水) 浦和レッズ
7/22(土) 大分トリニータ
7/26(水) 鹿島アントラーズ
7/30(日) 横浜Fマリノス
 
ええっと、文字色の説明しますね。赤はホーム戦です。何とか仕事のやりくりをして駆けつけたいと画策しています。これは基本。11試合か…なんとか全部行きたいなぁ。今のところ、仕事とのバッティングは奇跡的になし。今後の段取りしだいですね。自分の権限で調整できる仕事は、前日やその前で多少無理をしてでもホーム戦の日には入れないようにしたいものです…が。(これがなかなか難しいけど)



はアウェイ戦です。

青は僕自身がちょっと日程的や距離的に観戦が無理な試合です。皆さんごめんなさい。テレビとパソコンの前で応援します。


緑は何とか行きたいアウェイ戦です。

3/5の川崎フロンターレ戦 やっぱり開幕戦ですから行きたいですよね。首都圏だし。「新潟交通くれよん」かな?うん、これははずせない。


4/8のヴァンフォーレ甲府戦 なんと試合会場は長野県の松本ですよ。粋な計らいをしますね、Jリーグも。越後と甲斐の川中島対決。上杉と武田の闘いであります。こりゃマスコミも注目しますね。これもお隣の県だし、ぜひ行きたいところです。ゲーフラは謙信の旗印「毘」だな。甲府は「風林火山」か。



5/3の京都パープルサンガ戦 GWの初日ですからね。1泊して京都散策。北陸自動車道で行けば4~5時間で行けそうですね。こりゃぁいい企画だ。サッカー観戦プラス古都旅行。女房もニッコリかも。


ふっふっふ。楽しみだなぁ。今年もアルビレックスなシーズンが始まります。頼みますよ、鈴木監督。期待してますよ!

おっと、忘れるところでした。今日の画像は新潟の隔週刊誌「Week」の最新号です。鈴木監督のアルビレックス新潟にかける意気込みが伝わってきます。詳細は機会があればまたいずれ。

追記昨日、当ブログは過去最高の1日720アクセスを記録しました。これも皆さんのおかげです。ありがとうございます。

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2人のビーニョ

2006年01月27日 | アルビレックス新潟
ファビーニョとシルビーニョ。今年のアルビレックスには2人の「ビーニョ」が揃いました。この2人、いろんな情報を収集すればするほど、すばらしいブラジル人だということがわかります。悪い噂は一つも聞こえてこないのです。

Jでプレーする外国人にもいろいろいて、途中で帰っちゃったり、年齢を詐称したり、キャンプに参加しなかったり、練習をいい加減にしたり、ゲームでも派手なプレーばかりをねらってひたむきにボールを追わなかったり、そんな選手の話はいろいろなところで聞きます。昨日アップしたブログに登場した永田選手と矢野選手も、インタビューの中で「新潟はブラジル人もすごくまじめにやっていると聞いて」と答えています。

まずはファビーニョ

もう、説明の必要がないですよね。われらのファビーニョは、誰よりも日本人らしいブラジル人。大和魂をもったブラジル人。納豆とラーメンと銭湯の好きなブラジル人。幾度となくアルビレックスを救ってくれたブラジル人。反町前監督をして「大分は今頃後悔してると思うよ」と言わしめた、ひたむきなプレーと溢れる闘志に満ち満ちたすばらしい選手です。本当に人間的にもすばらしい人だということが、私たちにもよくわかります。テレビ番組「きらっと新潟」で反町監督の引退を特集していた時、ファビーニョのインタビューが流れました。ファビはインタビューに答えながら涙目になってウルウルしているんですよ。僕もテレビを見ながらもらい泣きしちゃいましたよ。あぁ、なんていい人なんでしょ。

ファビーニョの印象的な得点はたくさんあるけど、1つあげるとすれば2004年のホーム初勝利(2ndステージ6節:広島戦3-2)の勝利を決定づけた3点目をあげます。なかなかJ1のホーム戦で勝てなかった9月、サポーターが待ちに待った1勝のプレゼントでした。あの独特の両手を天に突き上げ膝立ちする喚起のポーズ。そして彼のコメントに必ず登場するチームメートへの感謝の言葉。いい人なんですよ。選手としても人間としてもすばらしい人なんですよ、ファビーニョは。

そしてシルビーニョ
今年仙台から移籍してきた新外国人。僕も仙台のことはあまり知らなかったからネットでいろいろ調べてみました。すると、仙台サポーターから絶大な信頼を得ていたすばらしい選手だということがわかりました。「ベガルタ仙台の精神的支柱」「仙台の誇り」多くのサポーターから愛され、チームメートからも信頼されていた選手です。さまざまなHPや掲示板やブログに「シルビ行かないで」「フロントはシルビの移籍を撤回して欲しい」「何考えているんだ」などの文字が多く見られました。そしてやがてそれは「新潟に行っても応戦します」「アルビサポの皆さん、シルビをよろしく」「私たちはいつまでもシルビのサポです」とシルビーニョへの激励の言葉に変わっていました。こんなにも仙台のサポーターに愛された選手がすばらしい選手でないはずはありません。愛する奥さんと可愛いお嬢さんも一緒に新潟に来たのでしょうね。ファビーニョやエジミウソン一家と同様、新潟の町をスキになってほしいと思います。そして僕ら新潟のサポーターも、今はまだ仙台サポにはかなわないけれど、シルビーニョのことを大好きになりたいと思います。そうそう、シルビーニョのHP もなかなかステキです。奥さんとお嬢さん(マリアちゃん)の写真も公開されています。

ファビーニョとシルビーニョ。この2人の「ビーニョ」は今年の新潟を大いに盛り上げてくれそうです。そしてエジミウソンを含めブラジル人トリオは、我がアルビレックス新潟を今年も牽引してくれると信じています。あぁ、ワクワクしてきた。早く開幕しないかな。

そうそう、今日はいよいよ試合日程の公式発表ですね。手帳に書き込まなくちゃね。
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柏よりようこそ

2006年01月26日 | アルビレックス新潟
今週号の「サッカーマガジン」に、柏レイソルから移籍してきた2人の対談が掲載されていました。題して「新をマークせよ!」なかなか頼もしい2人が移籍したって感じです。

永田充選手
1983年、静岡県生まれ。2003年にはワールドユースに出場。日本代表候補にも選ばれる。「4万人の中でやれるのを楽しみにしています。もちろんポジション争いは厳しいだろうけど、その中で監督や仲間に信頼してもらえれば自分の力も出せるだろうし、それでチームの成績が良くなれば代表に選ばれる可能性も出てくるだろうし。」う~ん、アルビレックス初のジーコジャパン代表選手の誕生か?ワクワクしますね。丸山選手と直樹選手がいなくなり、DFが手薄になったわがアルビレックス。永田選手の存在は大きなモノになりそうです。アルビレックスのJ1初勝利の柏戦(2004年前期3節)、あのロスタイムで2点あげた伝説の一戦のことを永田選手はこう振り返っています。「あのとき、オレ初めて試合やってて泣きましたもん。情けなくて。ロスタイムに2点、決められたことなんてなかったですから。」 永田選手はなかなか熱い男でもあるようです。活躍が楽しみです。

矢野貴章選手
1984年、静岡県生まれ。2001年、U-17世界選手権に出場。2003年に柏に入団すると開幕戦デビューを飾る。空中戦が得意なFW。「エジミウソンはすごくいい選手だから、彼と一緒にできたら、彼のいいところを盗みながら僕ももっと成長できると思う。両サイドからもいいクロスが入ってきそうで楽しみ。レイソルではあまりそういう形がなかったんで。」いいねぇ、僕も見たいよ、エジミウソンとの絡み。ゴールの量産を期待していますよ!

昨シーズンも名古屋から複数の選手(海本兄弟&岡山兄貴)が移籍してきましたが、それに次ぐ同一チームからの複数移籍です。しかも、昨年との大きな違いは2人とも若いということ。永田選手は22歳、矢野選手は21歳です。若い2人がピッチを駆け回る姿を早くみたいです。

追記 :丸山良明選手の公式HP「蹴球的心」に繋がらなくなっています。閉鎖されたのかなぁ…。心配だなぁ…。ブックマークはもうしばらく消さないでおきますが。
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21番の魅力

2006年01月24日 | アルビレックス新潟
アルビレックス新潟の背番号21番。もちろん人気ナンバーワン、ゴールキーパーの野澤洋輔選手であります。もう一人の人気者の鈴木慎吾選手が、どちらかというと若い女性に(ウチの女房も若くないけど慎吾ファン)人気があるのに対して、野澤選手の場合は「ゆりかごから墓場まで」というまるでイギリスの社会福祉制度のような幅広い人気です。

今回は野澤選手の魅力を分析します。

その1:ひょうきん
ポンキッキーズの「ジャカジャカじゃんけん」を見た時には驚きましたよ。なんじゃこのサッカー選手は?って。「幼児の心もわしづかみ」って感じでしたね。トークショーやファンの集いなんかでも、「絶対になんかやってくれる」って感じ。カエルのかぶり物をかぶったり、しゃべりすぎて司会のアナウンサーのお株を奪ったり、まさにエンターテナー。そう言えば、DJもやっていましたよね。

その2:礼儀正しい
ゲーム前のGK練習が始まる時に、ゴール裏から「野澤コール」が起こります。その時、野澤選手は他の選手とは比べものにならないほど深々とお辞儀をして声援にこたえます。ゲーム後もそうです。勝った試合でも負けた試合でも、きちんとお辞儀をするその姿は変わりません。すばらしい姿だと思います。

その3:ハートのあるプレー
2005年の野澤選手のベストゲームをあげるとしたら、僕はナビスコ杯3/26のヴィッセル神戸戦をあげます。雪まじりの悪天候の中のゲームは、寺川選手のゴールで先制。しかし後半、絶体絶命のピンチが訪れます。61分、神戸の播戸の直接フリーキック。なんとこれを野澤選手がスーパーファインセーブ。選手もゴール裏も狂喜乱舞。しかし、なんと主審がFKやり直しの指示。場内騒然、ゴール裏はブーイングとため息の嵐。ところがなんと、奇跡は2度起きた。野澤選手の神がかり的なセーブで再びFKを阻止。あの時の野澤選手の集中力と真剣な眼差しは忘れられません。まさに新潟の守護神!

その4:サービス精神旺盛
サイン会やトークショー、テレビ番組への出演などはもちろん、いつもファンサービスを忘れないのが野澤選手です。一度、十日町のクロアチアピッチに練習を見に行ったのですが、そこでもすばらしいファンサービスぶりでした。しかも疲れていても笑顔でにこやか。試合前にもボールでジャグリングをしてファンを楽しませたりしてくれますよね。大切なプロ意識の一つだと思います。

その5:選手の交友関係の要
2005年のオフィシャルイヤーブックに「アルビレックス新潟の知られざる関係」という特集があり、選手同士の写真を矢印で結んで交友関係を示すという企画がありました。なんと、野澤選手の写真から出ている矢印の多いことでしょう。3人のブラジル選手を始め、若い選手ともベテラン選手ともとても仲がよいのですね。まさにアルビレックスの人間関係の要なのであります。(性格上、キャプテンや選手会長には適さないかもしれませんが)

その6:くさらない謙虚さ
2004年も2005年も、野澤選手は正ゴールキーパーの座を木寺選手に譲っていた時期がありました。しかし彼はめげるということを絶対にしません。いつもひたむきに練習し出番に備えます。プロとして当たり前かもしれませんが、人気のある選手にありがちなわがままや自分勝手な様子はみじんも感じられません。

その7:ピンと伸びた足
試合前に選手が円陣を組む際に、野澤選手は足をピンと伸ばし大きく後方上に跳ね上げます。その姿が実に美しい。そしてその直後、アルビレックスの選手は全力疾走でポジションに着くのです。他のチームがだらだらと歩いてポジションに着くのと比べてなんと清々しいことか。僕はその姿を見るのが大好きです。ぜひ今年もこのスタイルでいってほしいと切望しています。野澤選手のピンと後方に伸びた足は、この全力疾走のプロローグの意味で大好きです。(本当はそれに加えて、丸山選手のひねりのあるジャンプとスライディングが欲しいのだけれど、残念ながらその姿はもう見れません)

今年もアルビレックスの顔として、大活躍を期待していますよ!
がんばれ!野澤選手!
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謎の22番

2006年01月23日 | アルビレックス新潟
単身赴任先に戻ってきました。寒いアパートに帰ってくるのはイヤですね

さて、今日の写真は私の職場のデスクです。まぁ少し気分を盛り上げようとしています。中高生の頃、山口百恵や桜田淳子(年がばれるなぁ)の写真を集めたり(平凡や明星で)写真下敷きを購入したり。あれ以来ですね。こんなにグッズをそろえるのは。ファン心理というのは不思議なモノで、ゲームに勝った日にはついついグッズ売り場に足が向かいます。

おっと失礼。今日のテーマは「謎の22番」でした。

先日、新チームの背番号が発表されましたが、22番が欠番なのに皆さん気が付きました?昨シーズンまでの22番はGKの北野選手でした。ところが木寺選手の移籍に伴い、北野選手はそれまで木寺選手がつけていた1番を引き継ぎました。ところが22番の後釜には誰も入っていないのです。

23番以降の背番号の選手もたくさんいます。その中には新加入の選手もいます。彼らに22番を割り当てることには何ら問題はないですから、今回の欠番には何か意味があるような気がするのです。

大物の途中移籍が濃厚?

あっと驚くスーパースター(適度な有名人でももちろん可)がアルビレックスに入団(移籍)することが既定路線として決定しているのでは?と勘ぐってしまいます。
なんかワクワクしますね。真相はいかに?

神田先生、どうなんですか?
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安英学の選択

2006年01月22日 | アルビレックス新潟
名古屋の安英学(アンヨンハッ)選手がKリーグ・釜山に移籍することになりました。北朝鮮ナショナルチームの一員(W杯予選の時は)であり、在日朝鮮人Jリーガーである彼が、韓国・Kリーグでプレーするということは、どう考えても(国際的・政治的に)とても困難なことだと思います。この実現の背景には、彼自身の相当強い気持ちがあったのだと推察しています。

安英学、言うまでもなく2004年までアルビレックス新潟でプレーしたMFです。精悍なマスク、ひたむきなプレー、あふれる若さ、とても魅力的な選手です。「ここぞ」という場面で決めたシュートには忘れられないモノがいくつもあります。特に公式戦ではないけれど2004年のバレンシアCF戦で決めた2得点は忘れられません。私など今でも「アルビの背番号17は安英学だ」と思ってしまうほどです。(幸治郎、ゴメン)

さて彼にとって「新潟でプレーした」という事実は、実に大きな意味をもっていると僕は思います。

新潟という地は皆さんもご存知のように拉致事件の現場となった土地です。僕と同世代の蓮池さんご夫妻や曽我さん、そして未だ帰国を果たすことができない横田めぐみさん。ここでは多くを語りませんが、多くの人を悲しませ絶望させた憎むべき犯罪です。さらに北朝鮮との定期便船:万景峰号(マンビョンボン号)が発着する港も新潟です。発着時にはいろいろな思想を持った人たちが、いろいろなことをこの新潟で運動します。この新潟県に住んでいると、さまざまな場面で拉致事件をはじめとする北朝鮮問題を意識せざるを得ないことが多いのです。

サッカーと政治問題は別です。
もちろんアルビの試合で安英学を応援している時のサポーターに、政治意識を持ちこんでいる人などいませんでした(これは間違いないと思います)。純粋にサッカー選手としての、アルビ戦士としての安英学を応援していました。

ですが、僕は思うのです。安英学選手はこの新潟の地でプレーしたことで、祖国とか、国籍とか、自分に何ができるかとか、すごくたくさんのことを真剣に考えたんじゃないだろうか…と。

彼が新潟から名古屋に移籍する時、ちょうどワールドカップ予選に出場する北朝鮮チームに招集され、彼は何度かマスコミにも大きく取り上げられました。(なんで名古屋の安英学なんだよ、まだアルビレックスだろうが、などと僕は憤りましたが。)その時インタビューを受ける彼の姿も、とても若者らしく清々しかったです。難しい政治問題に、1人のスポーツマンとして、1人の若者として、誠実に向き合っているなぁ…という印象を受けました。

彼のHPによれば、彼が移籍する釜山は祖父の生まれた町の近くだそうです。また彼自身、Kリーグでプレーするのがずっと夢だったそうです。新潟でも名古屋でも多くのサポーターに愛され、彼自身もチームを愛していながらも、「自分の生きる道」として祖国や国家を強く意識した選択を彼は今回したのです。そのことに対して僕は大きな尊敬と敬意の念をもちます。


そしてKリーグで大活躍する彼の姿が、多くの韓国や北朝鮮の人々に夢と感動を与え、国際問題の解決にいい影響を及ぼしていけばいいなぁ…と期待しています。今年はKリーグの情報にも目が離せないなぁと思っています。

がんばれ!安英学!僕らは心から応援しています!

Oh ~ 安英学 ~!
イギョラ イギョラ 安英学~!



追記:ちょっとずつワザ(今回はフォントサイズね)を覚えて嬉しいッス

追記2:安英学選手の情報がありました。
アルビレックス広報


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ブーイングより拍手を!

2006年01月21日 | アルビレックス新潟
今日は土曜でお休み。単身赴任先から自宅に帰ってきたのに、女房は仕事、娘は模擬試験。中年オヤジは昼間からPCの前でブログを書いています。

さて、サッカー観戦をするようになって「ブーイング」というサッカー文化があることを知りました。最初は「何なんだ?これは?」と思っていましたが、観戦を重ねるに連れ「ブーイング」の意味というのも少しずつわかってきました。

僕なりに理解しているブーイングの意味は、
・チームに脅威を与えるような有名選手が相手チームいる時
・かつて自チームに在籍した選手が相手チーム選手として登場した時
・相手選手が乱暴なプレーをした時、シミュレーションが疑わしい時
・自チーム(選手)がふがいないゲームをした時
・審判の判定に不服な時 
         …ってところです。
もし間違いがあったら、誰か訂正してください。(なんせ素人なんで)

だから「ブーイングが大きいっていうことは、選手自身にとっては名誉なことなんだ…」と教えてもらった時には、「へぇ~なるほどねぇ」とビックリしました。

さて、サッカーというスポーツが国民的に支持され市民権を得ている証明の一つに、子どもたちへのサッカー文化の強い影響があると思います。サッカー人口が増え、選手に憧れ、サッカーのユニフォームを着たりスタジアムに足を運ぶ子どもたちが増えることはとてもいいことだと思います。ただ僕は、子どもたちにあまりいい影響を与えていないサッカー文化の一つが「ブーイング」だと思っています。

学級会で、授業中に、友達や先生が何かを提案したり指導をしたりした時に、それが自分の思い通りでない発言や行動があったりすると、親指を下に向け「Boo」。そんな光景が子どもたちが通う小学校や中学校で時々見られました。安易に、しかも無責任に他人を批判する手段として、子どもたちの中に「ブーイング文化」が根付き始めているのです。これは教育上よろしくない!そして、そのお手本がスタジアムにおける大人たちの行動だとしたら、これもまたよろしくない。…と僕は考えるのであります。

だから僕は(女房も)2004年も2005年も、ブーイングだけは絶対にしないようにしていました。「このやろー、審判どこ見てんだ!」とは叫びましたが(あまり変わりないか?)。

ゲームに負けた時には、ブーイングよりもアルビレックスコールで選手を元気づけたい。中沢や宮本みたいな全日本クラスの有名選手が相手チームにいたら、「らしいプレーを見せろよ」と拍手をしたい。そして、かつてアルビレックスに在籍した選手が相手チームで出場したら、僕はより一層の大きな激励と感謝の拍手を送りたい。

今年のサンフレッチェ戦では、上野や木寺が当然相手チームの一員としてビッグスワンに登場するでしょう。その時僕はブーイングなんてしたくないんです。大きな拍手と上野コールや「守護神・キデラ~」の応援歌で彼らを迎えたいです。

ブーイングよりも拍手を!であります。

「サッカーってそんなもんなんだよ」って言われればそれまでなんですけどね。
素人なりの意見を書きました。いかが?
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そうだ!アウェイに行こう!

2006年01月20日 | アルビレックス新潟
今年度の背番号が発表されました。
1 GK 北野貴之     2 DF 三田 光    3 MF 千葉和彦
4 DF 鈴木健太郎    5 DF 梅山 修     6 DF 永田 充
7 MF 青野大介     8 MF シルビーニョ  9 MF ファビーニョ
10 FW エジミウソン  11 FW 矢野貴章    13 MF 宮沢克行
14 FW 中原貴之    15 MF 本間 勲  16 MF 寺川能人
17 MF 海本幸治郎    18 MF 鈴木慎吾  19 DF 海本慶治
20 MF 岡山哲也    21 GK 野澤洋輔  23 MF 大谷昌司
24 FW 中村幸聖   25 MF 栗原明洋  26 DF 中野洋司
27 FW 河原和寿   28 FW 船越優蔵   29 DF 喜多 靖
30 GK 諏訪雄大   31 DF 藤井大輔   32 MF 田中亜土夢
33 DF 酒井悠基

(あれ?ネットとかマルセウっていなくなった?)
(ほほぅ7番はあおのん、8番はシルビーニョか)

それはそれとして…。

僕の知り合いに、ホームよりもアウェイの試合が好きという変わった新潟県人がいます。ビッグスワンでも必ずS席。それでいてもちろんアルビレックスの熱狂的なサポーターなのです。

彼の論理では、相手チームのサポーターの近くが絶対に楽しいのだそうです。ホームでもアウェイでも、ゲームに勝って相手チームのサポーターに向かってガッツポーズをするのが至福の時なのだそうです。アウェイで勝った時の幸福感といったら、そりゃぁもう何にも代え難いとのこと。

「いったいどんな育てられ方をしたんじゃ?」と彼のことをずっと「歪んだ性格」と思っていました(今でも多少思っていますが)。しかし、確かに「アウェイの魅力」というのもあるんだということが私にもわかってきました。「アウェイの魅力は麻薬だ」と。

「埼玉だし行ってみるか?」
わが家の初アウェイは昨年の9月3日、埼玉スタジアムでした。第22節:大宮アルディージャ戦。新潟交通くれよんの貸し切りバスに乗り、関越自動車道で埼玉スタジアムへ。バスの中は100%オレンジ色。いつしか近くの席の人たちとは顔見知りになりました。スタジアムに着く前から「わが同士」ってムードができあがりました。

埼玉スタジアムでも「うわっ、アルビのサポーターいっぱいだな」と言う埼玉の小学生たちの言葉に思わずニンマリ。列に並びながらビールを飲んだりサポ同士で話しをしたり、気分はさらに盛り上がります。埼スタの「焼き肉丼(だったかな?)」も美味かった!さすがサッカー専用スタジアム。ピッチと観客席が近いのもいいですね。

ゲームは菊地君の移籍初ゴールとブラジル人トリオの3点で4-1の完勝!いいゲームでした。大興奮!燃え上がりました。「いやぁ、来てヨカッタ」「俺たちは新潟から来たコアなサポーターだ」「気分いいぜ!」アウェイで勝つってことは、本当にホームとはひと味違う喜びがありますね。僕の知り合いの気持ちが少しわかったような気がしました。(それでも彼の性格は少し変だけど。)帰りのバスの中もお祭り騒ぎ!

もちろん負けた場合の気持ちを考えると、「時間を使って」「お金を使って」「遠くまでやってきて」「その上負けて」帰りのバスの中もエネルギー放出状態なのでしょうね。

でも、9月3日のあの1戦で、僕はアウェイの魅力・麻薬に手を出してしまったのです。もう逃れられません。2006年もそのチャンスを虎視眈々とねらっているのです。時間とお金の許す限り(許容範囲はかなり狭いかも)、今年はアウェイにも出かけるつもりです。FC東京、川崎、大宮、浦和、まずはここをおさえたい。さらに今年は甲府との川中島対決があります。山梨は長野まわりで上信越道かな?京都も行けそうです。広島、大分、福岡は遠いけど1つくらいは旅行も兼ねて…などと
作戦を立てています。

そうだ!今年はアウェイに行こう!
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言葉はいらない

2006年01月19日 | アルビレックス新潟
鈴木アルビもいよいよ始動。さまざまなHPやブログで練習の様子や移籍してきた選手の紹介なんかがあって、毎日PCにむかうのが楽しいです。新潟日報もこれからじゃんじゃんアルビの記事が掲載されるだろうし、「いよいよ始まるぞ」って感じです。

でも今日は、僕の「思い出の観戦記」を書きます。
僕がアルビレックスの魅力、スタジアムの魅力にとりつかれることになった1つのエピソードです。(相手チームがどこだったかは忘れました。2004年のホーム初勝利以降のゲームです。)

その日の席はWゲートのN寄りでした。右隣は女房。いつも通り2本の水筒に入れて持っていったコーヒーとお茶(車の運転があるのでビールは飲めない)を飲みながら、キックオフを待っていました。

しばらくすると左隣に20代の男性が座りました。手には荷物とビールを持っています。ですが明らかに彼の足の動きや身体の動きが不自然です。様子を見ると、彼が障害を持っているということがすぐにわかりました。おそらく脳性マヒ系の障害だと思います。首や身体をかしげ、障害を持つ方特有のぎこちない身体の動きをしていました。自分のことは自分でされていましたが、荷物をどけたりして僕たちなりのお手伝いを少ししました。

彼はホントに楽しそうにサッカーを楽しんでいました。言葉にも障害があるようで、「シンゴ、シンゴ」と慎吾選手を応援していましたが、その言葉は独特の様相でした。

僕も女房も、バリアフリーについての心得や知識も自分たちなりに多少あった(つもりだった)ので、「さりげない気遣いを彼にしてあげよう」と暗黙のうちに確認し、彼のことを少し気にしながらゲームを観戦していました。彼が落としたモノを拾ってあげたり、手を貸してあげたり。

その日のゲームは僕たち観客を魅了するに十分なものでした。劇的なゴールが決まり、アルビレックスはホームで勝利しました。ゴールの瞬間、そして勝利の瞬間、僕たちは立ち上がって(すいません、ゴール裏でなかったので座って観戦してました)みんなで喜びを分かち合いました。前後左右の皆さんとハイタッチし、肩を抱き合って喜びました。気が付くと、僕は左隣の障害を持った彼とも無意識のうちに抱き合って喜んでいました。左の彼も、右の女房も、そして真ん中の僕も、本当に嬉しがってアルビレックスの勝利を喜び合ったのです。

その時、僕は思いました。

さっき(ゲーム前やゲームの途中まで)の自分は、障害を持つ彼のために「何かやってあげるのが健常である自分の務め」とか「障害を持つ人には親切にしてあげなければいけない」といった感情ばかりが先に立っていた。それは、彼よりも自分の方が恵まれた人間だという、だから弱者を助けてあげなければならないという、自分の優位観に基づいた感情だったのだと。

ゴールの瞬間や勝利の瞬間に、無意識のうちに彼と抱き合って喜び合った時、僕の心の中には「僕は健常者で彼は障害者」「障害を持つ人には優しくしてあげなければならない」などというちっぽけな感情は全く消え失せていました。何の気遣いも照れもない、同じアルビのサポーターとして、同じ人間同士としてアルビレックスの勝利を喜んでいることに気づきました。

サッカーっていいな。ビッグスワンでの生の観戦っていいな。アルビレックスっていいな。言葉はいらない。今この時、同じスタジアムで空気と時間を共有するだけで、障害を持とうが持つまいがそんなことは関係なく喜び合えるんだ…と感じたのです。

バリアフリー。言葉で言うのは簡単です。でも、本当の「心のバリアフリー」ってのは言葉じゃない。気持ちなんだと思います。そしてそのことを教えてくれたのが、僕にとっては「アルビレックス新潟」であり「新潟スタジアム:ビッグスワン」なのです。



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ハッギッムラ!さらば3番!

2006年01月18日 | アルビレックス新潟
昨日も少し追記 で書いたけど、萩村選手がアルビレックスを去ることになりました。
本家には京都に復帰、ベルディのHPには新規加入のお知らせ。
つまり、期限付移籍の期限が切れて京都にもどるけど、京都からすぐにベルディに移籍という、摩訶不思議な移籍なのであります。サッカー界ではこういうことってよくあるのでしょうか?

1年前にビッグスワンで初めて萩村選手を見た時には、地味だけど確実なプレーをするなっていう程度の印象でした。しかしご存知のように、丸山選手、海本あんにゃ、喜多選手など守備陣が次々と戦線を離脱。萩村選手と菊池選手がいなかったらと思うとゾッとするような状況の中、アルビレックスの最終ラインを守り通してくれました。

一番印象に残っているのは、27節ホームの東京ベルディ戦。開始早々に萩村選手が警告を受けワシントンにPKを決められる。「何やってんだぁ~ハギ!」実は私も叫びました。でも試合が進むに連れ、その試合における萩村選手の役割を理解できました。終始一貫してベルディの大砲ワシントンを徹底マンマークし、全く仕事をさせませんでした。あの年間22得点のワシントンの猛攻を身体を張って止めたのです。試合結果は1-1のドローだったけど、萩村選手のプレーに目は釘付けでした。降格したとはいえあのベルディから勝ち点を奪ったことは、残留決定への大きな一戦だったと思います。

結局J28試合、カップ戦6試合、天皇杯2試合と大車輪の活躍でアルビッレクス新潟の最終ラインを守り通したわけです。2005年の功労者の一人だと思います。正直言ってDFが心配な2006年。今年もアルビレックスで活躍して欲しいと願っていましたが、残念です。

移籍先は因縁の東京ベルディ1969。降格が決まったとたんラモス新監督の期待もむなしく主力がどんどん抜けていったチームです。萩村選手の存在がベルディの救世主になる可能性もあると思います。

ケガに泣いた時期も多く、今でも膝にはチタンのボルトが入っているとどこかで聞いたことがあります。新天地ベルディで、元気で活躍してくれることを願っています。そして2007年には、もう一度アルビレックス対ベルディ戦でその勇姿を見たいものです。もちろんJ1でね。J2はイヤよ。

ありがとう。そしてさらばアルビレックス最終ラインの要、背番号3番。

追記今、いろいろネットで調べていたら、安英学がKリーグに移籍だそうですね。これもまたビックリ!


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新生アルビ:鈴木監督

2006年01月17日 | アルビレックス新潟
「鈴木淳」新監督が就任の記者会見を行いました。
「監督」と言えば「=男前・反町監督」というイメージがあまりにも強いアルビレックス新潟。僕たちサポーターも、早く気持ちを切り替えなければいけないと思います。ついつい「反町監督だったら…」なんて言いたくなるだろうけど、それはしばらく封印しなきゃな。現監督を前監督とさまざまな角度から比較することは、決して悪いことではないけど、批判を前提に比較することは絶対に避けるべきだ。

で、鈴木監督の記者会見の印象だけど、まぁまぁいい感じじゃん。
歯切れはいいし、言うことに筋が通っていてわかりやすい。
よく訳のわからない抽象的な言葉を並べてわかったようなわからないような話をする人もいるけど、少なくとも鈴木監督はそういうタイプではないみたいです。
あとは「パッション」とか「シェスタ」とか横文字を入れるタイプかどうか見極める必要があるな。

「7位」という具体的な目標数値を掲げた鈴木監督。
僕はいいと思う。半分以上の7位。J1で賞金の出る7位。2年目のジンクスをクリアしたアルビレックスにとって、いい目標だと思います。目標はとりあえず手に届きそうなところにある方がいいですよね。

「新生」というキャッチフレーズもいいかも。
「新潟に生きる」「新しく生まれる」めざすサッカーは表してないけど、わかりやすくていいよね。ちなみにスローガンは「プレーはアグレッシブに」だそうです。いいじゃん

「走るサッカー」
これは別に反町イズムの継承ということではないんでしょうが、めざすべき方向は大きくブレていないと感じます。泥臭く走り回る新潟のサッカーを、今年も見れそうで楽しみです。

僕は転勤商売なんでいろんな所に勤務しましたし、転勤してきた上司にも何人も仕えました。そんな経験から思うことは、人間には「第一印象がとてもよくてだんだん欠点が見えてくるタイプ」と「最初はピリッとしないけどだんだん力を発揮するタイプ」があるようです。鈴木新監督は、若さという点やタレント性という点では反町前監督よりは地味かもしれません(気になるほどじゃないけど)。でも、きっとこれからだんだん僕らサポーターのハートをつかんでくれるだろうと期待しています。

なんたってアルビレックス新潟は僕らの愛するチームです。そこにやって来た新監督を大歓迎して精一杯応援するのは、当たり前のことだものね。
鈴木監督、期待してますよ。今年もビッグスワンに駆けつけ、熱い声援を送りますからね。

追記萩村選手の移籍が決定したようですね。京都に復帰と見せかけてヴェルディに移籍ってどういうこと?京都は「ウチは使う気はないけどJ1の新潟で働かせるのは気に入らないのでJ2のヴェルディへやっちゃえ」ってことなのかな?移籍金とかも絡んでるんだろうけど、ちょっと釈然としない感じです。
萩村選手本人も「新潟でやりたい」って言ってるらしいし、アルビとしてもDFはちょっと心配アリですから、残ってほしかったんだけどなぁ。まぁ、ここでぼやいても始まらない。萩村選手の活躍を祈ります。





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かけぬける18番

2006年01月16日 | アルビレックス新潟
慎吾がまだ契約していないらしいですね。
ネット上では「移籍するのでは?」という噂もちらほら。
去年もずいぶん悩んだ末のアルビ残留だったみたいなので、もしかしたら移籍もあるかもね。昨年はオールスターにも出場して名前を売ったし。

鈴木慎吾。ニイガタのレフトサイド。小さい身体ながらひたむきな身体を張ったプレーは、僕らのハートを熱くさせてくれます。ビッグスワンに「慎吾GOGO」の歌声が響く時、僕らの興奮も最高潮に達します。まさに観客を魅了するフットボールプレーヤーの一人です。

サッカーで飯が食えるか2 という本を先日立ち読みしたら、慎吾選手のことが数ページにわたって特集されていました。高校卒業後のJリーグ入り。たった1年での解雇。横河電気で働きながらのサッカー人生。Jへの復帰。
アルビレックス、パープルサンガ、そして再びアルビレックス。平坦でも超エリートでもない彼のサッカー人生は、ひたむきな努力によって支えられてきていることがわかります。

「1%の可能性がある限り100%の努力をします」ことあるごとに彼が語る言葉です。その言葉通りに生きていることも実に素晴らしい!左サイドから慎吾が駆け上がりファビーニョとの絶妙なパスワークで相手ゴールを奪う。何度も興奮させられれた場面です。願わくばそのシーンを今シーズンも僕らサポーターに見せて欲しいモノです。

ピッチをかけぬける18番、今年もビッグスワンの風になれ!
がんばれ!鈴木慎吾選手!

追記:この写真はワーナーマイカル県央で、トークショー&サイン会があったときに撮影しました。野沢選手に終始リードされながらでしたが、慎吾選手の人間性に触れることができ(サインももらい)とても幸せなひとときでした。
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さよなら11番

2006年01月15日 | アルビレックス新潟
3日続きの新年会が終わり、やや肝臓が疲れ気味の八百政です。ブログを初めて1週間。コメントがあると嬉しくて、酔っぱらって帰ってきてもPCの電源を入れ、レスをつけたり新しいブログを書くのが習慣になってきました。(だから文章が支離滅裂ということもありますね。大目に見てください。)

さて前回に続き、サンフレッチェに移籍する上野優作選手について書きます。
上野選手の魅力は、何と言っても「前線で動き回る驚異のスタミナ」です。

相手DFがビルドアップでボールを回したり戻したりする場面で、上野選手は必ず全力でプレッシャーをかけに行きます。時にそれはもたもたしているGKにまで及びます。初めてそのプレースタイルを見た時、僕は「なんて効率の悪いサッカーなんだろう」と思いました。そして「全体を見ないでボールばかりを追いかけ回す小学生のサッカー」を思い出しました。「あんなに走り回ってもボールを奪えるのなんてほとんどないのになぁ」と冷ややかな目で見ていたんです。ところが、上野選手は執拗に前線で相手にプレッシャーをかけ続け、走り回るのです。スタジアムに足を運ぶ回数が多くなるにつけ、僕はそんな上野選手のサッカースタイルに魅せられていきました。

野球の試合でバッターがヒッティングをした後、キャッチャーはファーストカバーに走ります。ファーストがエラーをしてボールを後ろにそらすなど、可能性としては(特にプロならば)ほんのわずかです。それでもキャッチャーはカバーに走り続けます。上野選手のプレーを見ながら、そんなキャッチャーの姿を思い浮かべました。ひたむきに泥臭く、走り回る。反町監督が「優作は私のサッカーをよく理解し実行している」と言ったのはこういうことなんでしょうね。滅私奉公、神風特攻、そんなイメージなんですよね。ちょっとマゾヒスティックな悲壮感も感じます。

途中出場が多い時期もあったけど、上野選手がピッチに登場すると、見ていて小気味よかったです。2004年のFC東京戦だったかな(中越大震災後のビッグスワン第1戦)。上野選手の走り回る姿に感動した記憶があります。確か得点もあの試合であげました。反町監督が「優作はもう1試合できるよ」というコメントをしてましたよね。反町アルビレックスの「(へたくそだけど)泥臭く走り回るサッカー」の象徴なのですよね、上野選手は。だから反町監督の退任とともに移籍するのかな?

今回の画像は、昨年十日町キャンプを見学に行った時、上野選手からサインして貰ったキャップです。キャンプの練習でも彼はホントによく走り回っていました。(ミスター何とかといわれ、今年完全移籍したO選手の2倍は走っていた)驚異のスタミナです。練習が終わり疲れ切っている状態でバスに乗り込む時、声をかけたら気さくにサインに応じてくれました。足が長くスマートで顔が小さい。まるでモデルのようなカッコよさです。わが家の女房なんて「ステキ!」を連発していました。(そういえば、上野選手は食べ物の好き嫌いが多く、美人な奥さんが料理を工夫して栄養バランスよく彼に食べさせているらしい。某雑誌に書いてありました。)

そんな上野選手が移籍。寂しいけれどしょうがない。サヨナラだけが人生さ。
さよなら11番。私たちはあなたのことを忘れない。


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