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■島田無響遺作展 (2018年10月30日~11月4日、札幌)

2018年11月10日 21時12分00秒 | 展覧会の紹介-書
 これまでも書いてきたことだが、島田無響さんというと、白髪の長髪で和装の、いかにも書家といった外貌と、1998年に京王プラザホテル(札幌)のロビーなどを会場に使用した個展を思い出す。
 ホテルロビーの吹き抜けに大きな紙を張り渡すなど破格のスケールで、あれほど大規模な書の個展は、道内ではそれ以降開かれていないだろう。

 毎日新聞北海道面「辞林」に、次のようにあった。

 島田さんは1928年、千葉県銚子市生まれ。早稲田大卒。29歳の時、札幌市に移住し、本格的な書作活動に入った。70年書道研究団体「てんの会」を結成。日展会友、創玄書道会監事、毎日書道展審査会員などを歴任し、90年に札幌市民芸術賞を受賞。「水の流れ、雲の動き、風の音など生活の中のあらゆるものを手本にしたい」と語り、最晩年まで創作への情熱が衰えることはなかった。


 会場には遺作46点と小品が出品されていたが、率直に驚かされたのは、漢字、かな、近代詩文がおなじように並んでいたことだ。
 現代の書家はたいてい、取り組む分野が決まっている。島田無響さんもメインは漢字だったのだろうが、漢字とおなじ運筆で、かなも書いている。つまり、連綿などを駆使した伝統的なかな書の筆法ではない。

 では、どういう書風なのか。
 書を評するときに「墨の潤渇」ということがよくいわれるが、無響さんは「渇」の部分が多い。
 たっぷりと墨をつけて黒々と太い文字を書くのではなく、ややかすれた線を引っ張る。
 もちろん、墨をつぐときには「潤」になるが、ほどなくして線はかすれていく。
 しろうと目には、筆先が割れて線が二筋になるのはどうなのかとも思うが、細かいことは気にしないのだろう。
 だから、道内の近代詩文にありがちな、むやみな力強さではなく、自在で飄逸とした線質といえそうだ。
 かといって、良寛流の力が抜けた線でもないし、佐藤満さんふうのひょろひょろした線でもない。それほど太くなく、直線を軸にして、どしどし先に進んでいく、そういう文字だといえると思う。
 この直線というのが独自の味とリズム感があり、「喝」で始まる軸など、書家から叱責されているような緊張感がある。

 荘子の一節を3行に書いた軸は、号の由来となった「无響(無響)」の2文字が、ちょうど左上に来るような、絶妙の配置。
 宮澤賢治の詩を題材にした作品は、字の背後に淡墨の太い縦線を引き、全体を引き締めている。

 小品も軽妙洒脱な味のある作が多いが、なかでも次の詩はおもしろかった。


 山の人を仙といい
 谷にすむのが
 俗ならば川のほ
 とりのこの人は
 何だろう



2018年10月30日(火)~11月4日(日)午前10時~午後6時(最終日~5時)
ギャラリー大通美術館(中央区大通西5 大五ビル)

参考
ブログ「白うさばらし」の記事 https://blog.goo.ne.jp/shirousa4494/e/2a6a5894fa654517cd458cfb8ae76774

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http://saruuni.blog96.fc2.com/blog-entry-710.html



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