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オウム真理教事件から17年

2012年05月27日 20時59分08秒 | つれづれ日録
 きのう、NHK総合テレビで「NHKスペシャル 未解決事件・オウム真理教17年目の真実」を見た。
 ニュースを挟んで前半と後半あわせて2時間半に及ぶ長篇で、半分以上の時間は、再現ドラマという手法で、最初は小さな宗教団体だったオウムがなにをきっかけに凶悪化していったのかを追っていた。

 再現ドラマという手法はともすれば安直なイメージ操作に陥る危険性をはらんでいるが、さすがNHKというべきか、サティアンのセットを建て、教祖・麻原彰晃にそっくりの俳優を登場させ、地下鉄サリン事件当時にサリンの入った袋を包んでいた新聞まで再現するこだわりぶり。
 あらたに判明した知見が多いわけではないが、考えてみればあれから17年もたっているのだ。

 わたしたちの世代が、第2次世界大戦や連合赤軍事件などを後から本やテレビなどで知ったように、いまの20代以下に当時の歴史を伝えるには、よい番組だったのではないかと思う。
(女子高生のルーズソックス、デザイナーのファッションなど、時代考証はかなり力が入っていた)



 以下、個人的な思い出になる。

 いままで、オウム真理教事件ほどリアルタイムで興味と関心を持って追いかけていたことがらはない。

 職業柄、新聞はよく読むのはもちろんなのだが、1995年当時は、テレビのニュースやワイドショーも可能な限り見て、オウムに関する本も片っ端から買い求めていた。

 背景としては、当時(1993年秋~96年春)にいた部署が、拘束時間が比較的短く、社会人になって以来もっとも長い自由時間があったという面がある(ギャラリーまわりもまだ始めてなかったし)。

 また、警察とオウム真理教の攻防を、ある種やじ馬的に眺めていたという面があるのは、否定できない。
 公衆の面前で幹部が刺殺されたり、別の幹部がテレビに生出演して教団を滔々と擁護してみたり、麻原解放を求めて飛行機乗っ取り事件が起きたり(これは結局、オウムと無関係だった)、警察庁長官が狙撃されたり、報道から目がはなせない日々がつづいた。

 しかし、この事件が、「精神世界」的なものに、あるいはこの宇宙の真理があるかもしれないという期待を木っ端みじんに打ち砕いたという事実もまた、否定できないのだ。

 昭和の若者に巨大な影響を与えたマルクス=レーニン主義(これもメシヤニズム=救世主待望主義=の一変形である側面がある)の失墜後、ぼくらの世代の若者は、真理を求めてさまよっていた。
 まだ知られていない真理は、インドやチベットの奥地にあるかもしれないし、カスタネダの書物にあるかもしれなかった。
 そういう、時代の心性は、70~90年代の、見田宗介から映画「注目すべき人々との出会い」にいたるまで、さまざまなところに発見することができる。

 だけど、そんな、世界の謎が解けるような、あるいは、世界の人々が一気に救われるような「真理」なんて、そもそも存在しない、ということが、オウム真理教事件によって、わかってしまった。

 まだるっこしいけれど、いろいろな人とああでもない、こうでもないと試行錯誤しながら、決定し、実行していく。世界を良くしていくには、それしかない。
 破壊や革命で、ぱーっと霧が晴れたようにすべてが解決するということは、ありえないのだ。

 

 それにしても、「1995年」を振り返ると、いろいろなことがあったなあと、あらためて思う。
 言うまでもなく阪神淡路大震災はこの年だが、ウィンドウズ95が発売されてコンピューターやインターネットが身近になった年でもあるし、テレビでは「新世紀エヴァンゲリオン」が放送されていた。
 


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http://www5b.biglobe.ne.jp/%257eartnorth/sub403d.htm (3月2日の項)


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